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東京高等裁判所 平成11年(ネ)1149号 判決 1999年12月28日

控訴人(原告) 王子信用金庫

右代表者代表理事 A

右訴訟代理人弁護士 萩原平

同 田中永司

同 後藤邦春

被控訴人(被告) 大榮陶業株式会社

右代表者代表取締役 B

被控訴人(当事者参加人) 国

右代表者法務大臣 臼井日出男

右指定代理人 杉崎博

同 松原行宏

同 西垣均

同 近藤高史

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人大榮陶業株式会社(以下「被控訴人会社」という。)との間で、控訴人が原判決供託金目録<省略>の供託金につき還付請求権を有することを確認する。

3  被控訴人国の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり改めるほか、原判決の事実及び理由の「第二事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決書六頁七、八行目の「作成名義人とする本件請負代金債権等についての」を「作成名義人とする、本件請負代金債権を含む平成九年二月一八日付け注文書に基づくタイル工事請負代金三九一四万円の支払請求権を控訴人に譲渡した旨が記載された」と改める。

二  同七頁二行目の「平成一〇年二月一七日」から同三行目の「還付請求権を」までを「被控訴人会社が本件供託金の還付請求権を有するとして、平成一〇年二月一七日、別紙租税債権目録(二)の租税債権を徴収するため、これを」と改める。

三  同七頁九行目から同八頁五行目までを「控訴人は、平成九年四月三〇日、被控訴人会社との間で、本件貸付けに基づく控訴人の被控訴人会社に対する貸金返還請求権(以下「本件貸金債権」という。)を担保する目的をもって、将来被控訴人会社に手形不渡りなど不測の事態が生じ、控訴人が本件貸金債権回収のために必要と認めるときは、控訴人において、右貸付金債務の弁済に代えて、本件請負代金債権の譲渡を受ける旨、または、これを含む被控訴人会社が第三者に対して有する工事請負代金債権(被控訴人会社が第三者からの注文書の写しを控訴人に対して送付したもの)から、本件貸付金債権の債権額に満つるまでを、控訴人において選択特定の上、これについて被控訴人会社から譲渡を受ける旨、被控訴人会社に対する予約完結の意思表示をすることにより、その譲渡を受けるものとする債権譲渡の予約を合意(以下「本件債権譲渡の予約」という。)した。そして、被控訴人会社は、平成九年六月二日、手形不渡りを出したので、控訴人は、同月四日、右合意に基づき、本件貸金債権回収のために必要があるものと認め、被控訴人会社に対し、本件請負工事代金債権を譲り受ける旨予約完結の意思表示をした。」と改める。

四  同八頁七行目の冒頭から同九頁二行目末尾までを次のとおり改める。

「 被控訴人会社が控訴人との間で本件債権譲渡の予約をしたことはない。

前記甲第三号証(債権譲渡通知書)中の被控訴人会社の署名押印は、平成九年五月二三日か二六日に、Bの妻であるC(以下「C」という。)が、控訴人の従業員にBの了解を得ていると欺罔されて、債権の表示、被通知人会社の表示、日付の表示、本文については控訴人の表示がない書面に、権限がないにもかかわらずこれをなしたものにすぎず、本件債権譲渡の予約があったことを証するものではない。

五  同九頁四行目の冒頭から同一五頁四行目末尾までを次のとおり改める。

「(被控訴人国の主張)

本件債権譲渡の予約は、譲渡の目的を本件請負代金債権に限ったものではなく、将来発生する被控訴人会社の第三者に対する債権を包括的に被控訴人会社から控訴人に対し譲渡することを内容とするものであるから、これが有効であるためには、①譲渡の目的とされるべき債権の債務者(第三債務者)が特定されていること、②譲渡の目的となる債権の発生時期が限定されていること、③譲渡の目的となる債権の額が限定されていることという三つの要件が必要であると解すべきところ、そのいずれの要件も欠くから無効である。」

(被控訴人会社の主張)

本件債権譲渡の予約においては、譲渡の目的債権が特定されていない。

六  同一五頁五行目及び同八行目の「債権譲渡」を「本件債権譲渡の予約」に改める。

七  同一六頁七行目の冒頭から同一九頁二行目末尾までを次のとおり改める。

「 本件請負代金債権については、本件請負基本契約における定めによるものとされており、同契約の一五条には相手方の書面による承諾がなければこれを譲渡することはできないと定められているところ(丙三)、控訴人の主張する本件請負代金債権の譲渡については、大日本土木の書面による承諾が得られていない。

控訴人は、本件請負基本契約には右譲渡禁止特約が付されていることを知っていたのであり、仮にこれを知らなかったとしても、そのことについて控訴人には重大な過失がある。

よって、控訴人と被控訴人会社との間の本件請負代金債権の譲渡の予約、及びこれに基づく予約完結の意思表示は無効である。」

八  同一九頁六行目の冒頭から同二〇頁一一行目末尾までを削除する。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  控訴人と被控訴人会社との間の本件債権譲渡の予約の成否について判断するに、平成九年四月から同年六月初旬までにおける、控訴人と被控訴人会社との間の本件貸付けをめぐるやりとりとして、<証拠省略>及び弁論の全趣旨により、左の(1)ないし(5)の事実のほか、原判決書二六頁五行目冒頭から同三一頁三行目末尾までに記載の事実が認められる(ただし、原判決書を左の(6)、(7)のとおり訂正する。)ので、これを引用する。

(1) 控訴人板橋駅東口支店の営業課長であったDは、平成九年四月三〇日、被控訴人会社の事務所に出向き、被控訴人会社の従業員として総務と経理を担当しているCから、控訴人宛に被控訴人会社名義で作成された甲第一号証(債権譲渡契約書)、同第二号証(念書)、大日本土木宛に被控訴人会社名義で作成された同第三号証(通知書)を徴求したが、これらの書面には譲渡の対象債権を本件請負代金債権に特定する事項を記入することなく、被控訴人会社の記名押印以外の書込部分を白地としたまま控訴人が保管していた。

(2) 被控訴人会社は、その資産を控訴人に対し明らかにする趣旨で、平成九年四月以前から工事の発注を受けるとその注文書の写しを控訴人に交付しており、控訴人は、平成九年四月三〇日時点において、被控訴人会社から、本件請負代金債権の基になった大日本土木作成にかかる平成九年二月一八日付注文書の写し(以下「本件注文書」という。)の他数件の工事に関する注文書の写しを受け取っていた。

(3) 本件注文書には、発注代金額が概算で三九一四万円であること、毎月出来高で検収し、一五日締め、翌月二〇日に現金で五〇パーセント、手形で五〇パーセントを支払う旨の記載があり、本件貸付の約定弁済期が平成九年一〇月九日であることに照らすと、右約定弁済期に本件注文書に基づく工事の請負代金債権が本件貸付金額に見合う分残っていると期待すべき特段の事情は窺えない。

(4) 同年六月四日、被控訴人会社が同年六月二日に第一回目の手形不渡りを出したことを知ったDは、被控訴人会社に出向き、Bに対し、被控訴人会社が当時保有していた請負工事代金債権全てを控訴人に譲渡するように申し入れ、持参してきた債権譲渡関係の書面約五〇枚に被控訴人会社の押印を求めたが、Bにこれを断られたため、かねてから被控訴人会社の記名押印を受けて保管していた債権譲渡契約書(甲一)、念書(甲二)、通知書(甲三)の白地部分に、日付と、譲渡の対象として、かねてより控訴人が被控訴人会社から受け取っていた本件工事についての発注書の写し(甲四)の内容どおりの特定事項を記載した上、同日中に、控訴人職員が大日本土木東京支店に赴き、同支店経理部資金課主任であるEに右通知書(甲三)を交付した。その後、控訴人は、直ちに、当時控訴人が被控訴人会社から受領していた注文書の写しを通じて把握していた被控訴人会社の第三者に対する債権に対し仮差押命令を申し立て仮差押決定を得たが、支払済み等によりほとんど実効性がなかった。

(5) 控訴人職員とBとの間で、平成九年四月三〇日において、本件工事にかかる請負代金債権を被控訴人会社から控訴人に譲渡するとの話が具体的かつ明示的にされたことはなかった。

(6) 原判決書二六頁七行目の「四億一九〇〇万円」を「約四億一九〇〇万円」と、同頁一〇行目の「原告から被告に対し」を「被控訴人会社から控訴人に対し」と各改める。

(7) 同二七頁五行目の「被告が」から同九行目の「話がされ、」までを「被控訴人会社が請け負っている工事代金債権を控訴人に対し譲渡することが条件である旨を告げ、また、Dは、たまたま不在であったBと電話で話し、その際、新規融資分をその約定期限に返済しないときは、被控訴人会社が有する請負代金債権の中からそれに見合ったものを控訴人がもらうことになると告げ、」と改める。

2  右1に認定の事実によれば、控訴人は、平成九年四月三〇日、被控訴人会社との間で、控訴人の被控訴人会社に対する本件貸付債権を担保する目的をもって、将来被控訴人会社に手形不渡りなど不測の事態が生じ、控訴人が本件貸金債権回収のために必要と認めるときは、控訴人において、右貸付金債務の弁済に代えて、本件請負代金債権を含む被控訴人会社が第三者に対して有する工事請負代金債権(被控訴人会社が第三者からの注文書の写しを控訴人に対して送付したもの)から、本件貸付金債権の債権額に満つるまでを選択特定の上、これについて被控訴人会社から譲渡を受ける旨被控訴人会社に対し予約完結の意思表示をすることにより、その譲渡を受けるものとする債権譲渡の予約を合意したこと、そして、被控訴人会社は、平成九年六月二日、手形不渡りを出したので、同月四日、控訴人は本件貸金債権回収のために必要があると認め、被控訴人会社に対し、本件請負工事代金債権を選択特定の上、これを譲り受ける旨予約完結権行使の意思表示をしたことを認めることができる。

3  なお、この点について、原審証人Dは、平成九年四月三〇日の段階で、将来、被控訴人会社に手形不渡りなど不測の事態が生じ、控訴人の被控訴人会社に対する本件貸金債権回収のために控訴人が必要と認めるとき右貸付金債務の弁済に代えて譲渡される債権は、本件請負代金債権に特定していた旨証言しているが、同証人自身、尋問の当初は、かかる場合に被控訴人会社から控訴人に譲渡することになる債権が具体的にどの債権になるかについては当時特定していなかったともいうのであって、その内容は前後矛盾して曖昧であり、また、甲第一四号証(本件貸付をなすことを平成九年四月三〇日に承認した旨の記載のある控訴人の貸付金認可申請書)にも、「追加条件大日本土木株に対する売掛債権 H、9、2、18 TRもてぎ工事 債権額39百万円債権譲渡契約とする」との記載があるが、右書面は控訴人の内部文書にすぎないことや、前記1に認定した各事実に照らせば、平成九年四月三〇日の段階で、譲渡される債権がすでに本件請負代金債権に特定されていたとまでは認めることができない。

二  争点2、3について

被控訴人らは、本件債権譲渡の予約の目的債権の特定性について争いるる主張しているところ、前記のとおり、本件においては、なるほど平成九年四月三〇日の予約の段階では、譲渡債権は未だ確定的には特定されていたものと認めることはできない。しかし、前記のとおり、右予約の段階では最終的にどの債権が譲渡されることになるのかまで特定されていたとはいえないものの、右予約の段階においても将来選択特定の上譲渡されるべき債権の範囲は特定しており、平成九年六月四日には、約定に従って譲渡債権は本件請負工事代金債権に特定され、予約完結の意思表示がなされているのであるから、これにより本件債権譲渡の効力を認めるに妨げないというべきであって、右予約の段階において譲渡の目的債権が確定的に特定されていないことをもって、本件債権譲渡の効力が生じるに由ない旨をいう被控訴人らの主張は採用することができない。

また、被控訴人らは、被控訴人会社の右予約の意思表示は控訴人の詐欺によるものであったと主張するが、本件債権譲渡の予約が締結された経緯は前記認定のとおりであって、同認定事実によれば右意思表示が控訴人の詐欺によるものであったとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。被控訴人らの右主張も採用することはできない。

三  争点4、5について

1  証拠(甲四、丙三、一八)によれば、本件請負代金債権については、被控訴人会社と大日本土木との間で、大日本土木の書面による承諾を得た場合を除外事由とする譲渡禁止特約(丙三の工事下請負基本契約書第一五条)が締結されていたことが明らかである。これに対して原審証人Dは控訴人はこれを知らなかったというのであるが、たとえ控訴人担当者が現実にこの点について具体的に認識していなかったとしても、金融機関である控訴人が請負工事代金債権の譲渡を受け、あるいはその予約をするに当たって、被控訴人会社から入手した注文書には被控訴人会社と控訴人との間で工事下請負基本契約書が取り交わされていることが明記されているにもかかわらずこれを入手することなく、そのためにこれを入手すれば知りえた前記特約を知らなかったとすれば、これを知らなかったことについて重大な過失があったものといわなければならない(なお、その理由については、原判決書三五頁七行目の「証拠」から同三七頁七行目末尾までの説示を引用する。)。したがって、本件請負代金債権の譲渡は右譲渡禁止の特約に違反し、控訴人は右債権を取得することができないものといわなければならない。

2  この点について、控訴人は、大日本土木の経理部資金課主任であるEが、控訴人担当支店に対し、本件請負代金債権の支払につき、平成九年六月二〇日には、出来高査定をしているので同月二三日まで待ってほしい旨を、同年同月二三日には、支払確定金額は七八五万五九三一円であり、内六二八万七一四五円を同月二五日に支払うので、集金に来社されたい旨を各連絡してきたことをもって、本件請負代金債権の被控訴人会社から控訴人への譲渡については大日本土木の承諾があったと主張するところ、なるほど、Eが控訴人が主張するような対応をとったことは、<証拠省略>によって窺うことができる。しかし、<証拠省略>によって認められる次のような事情に照らすと、右Eの対応は、単に有効な債権譲渡があった場合の事務的な支払の手順を説明したにすぎないものであって、これをもって大日本土木が控訴人に対し、本件請負代金債権の被控訴人会社から控訴人への譲渡を承諾したものと認めることができるものではない。控訴人の右主張は採用することができず、他に右債権譲渡の承諾の事実を認めるに足りる証拠はない。

(1) 被控訴人会社と大日本土木間の債権譲渡禁止を約定した本件工事下請負基本契約書(丙三)には、右譲渡禁止についての除外事由としては、大日本土木の書面による承諾を得た場合と明記されているところ、本件においてこのような趣旨の書面が作成されたことを窺わせる証拠は見当たらない。

(2) 被控訴人会社と大日本土木間の債権譲渡禁止を約定した本件請負基本契約書は、大日本土木の常務取締役で、当時の大日本土木東京建築支店長名で調印されたものであり、実際、大日本土木において譲渡禁止を約定した債権の譲渡を承諾する場合には、少なくとも同社東京支店の経理部長以上の決裁を経て、かつ書面による承諾をする取扱いとされていた。

(3) Eは、本件請負代金債権に譲渡禁止特約が付されており、同債権が被控訴人会社から控訴人に対し譲渡されることについて大日本土木の書面による承諾を得ていないという事実を認識することなく、単に実際になされた工事の査定額の検討のみを気にかけて控訴人と対応したものであって、しかも、平成九年六月当時、Eは大日本土木東京支店経理部資金課主任であっていわば窓口担当者にすぎず、本件請負代金債権の譲渡を承諾するかどうかについて決定したり、その意思表示をするについて権限を委ねられていたと考えられるようなものではなかったのである。

四  したがって、結局控訴人の本訴請求は理由がないものというほかなく、被控訴人国の本訴請求は理由があるので、控訴人の本訴請求を棄却し被控訴人国の本訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 宗宮英俊 川口代志子)

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